東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3299号 判決 1975年2月27日
原告 丸紅株式会社
右訴訟代理人弁護士 小風一太郎
被告 鴨井健次郎
右訴訟代理人弁護士 二宮忠
主文
1.被告が訴外中外グラビア株式会社に対する東京法務局所属公証人内田俊夫作成昭和四六年第三三〇八号公正証書の執行力ある正本に基づき昭和四九年三月二五日別紙物件目録記載の物件についてした強制執行は、これを許さない。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
3.本件につき、当裁判所が昭和四九年五月一日付でした強制執行停止決定を認可する。
4.前項にかぎりかりに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
一、原告
主文1、2同旨
二、被告
1.原告の請求を棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1.被告は、昭和四九年三月二五日、訴外中外グラビア株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する東京法務局所属公証人内田俊夫作成昭和四六年第三三〇八号公正証書の執行力ある正本に基づき、東京都千代田区西神田二丁目七番五号所在の訴外会社営業所において、別紙物件目録記載の物件(以下「本件物件」という。)の差押をした。
2.しかしながら、本件物件は原告の所有である。すなわち、原告は、昭和四五年七月三一日、訴外会社に対し、代金を八〇一七万七〇〇〇円、その支払方法を昭和四五年一一月から同四九年一月までの三九回に分割して毎月末日割賦払とし、その所有権は、右代金完済まで原告に留保する約定で、右物件を売渡した。その後、割賦払の最終期限は、結局同四九年五月末日までに延長されたが、訴外会社において同四九年三月分以降の割賦金の支払を怠っているため、原告は、訴外会社に対してなお八三六万一七〇円の残代金債権を有しており、従って、本件物件の所有権はなお原告に属する。
3.よって、原告は、被告に対し、被告による前記強制執行の排除を求める。
二、被告の答弁
1.請求の原因事実1は認める。2は不知。
2.かりに、原告が本件物件の所有権留保特約付売主であって、しかも、訴外会社に対しその主張のとおりの残代金債権を有しているとしても、原告において本件物件の所有権を主張して本件強制執行の排除を求めることは許されない。その理由は、次のとおりである。
割賦払約款付売買契約における所有権留保の特約は、売主が将来における目的物件の使用を望んだり、目的物件の返還を望んだりするために付されるものではなく、もっぱら売主が代金全額の支払を確保する目的で付されるものである。しかも、代金の残額は、支払によって順次減少して行き、殆んどの場合、最終回の支払額は代金額の五パーセント以下となるのである。かように、右特約は実質において売主の代金債権を担保するためのものであるから、その実質を直視するときは、目的物件が譲渡担保に供された場合と同じく、売主に留保された権利は代金債権の担保という目的の制約を受け、売主は、目的物件に対する代金の優先弁済権を主張しうるにとどまるものと解すべきである。そして売主保護の点を考慮するならば、売主に対しては、目的物件の価額が残代金額を超過しない場合にのみ第三者異議の訴を認めれば足り、目的物件の価額が残代金額を超過することが明らかであるときは、民事訴訟法五六五条所定の優先弁済請求の訴によらしめるべきものである。
しかるところ、本件物件の差押当時における時価は一〇〇〇万円(本件差押調書、但し要鑑定とある。)というのであるから、その価額は、原告主張の残代金債権額を超過していることが明らかであり、原告が第三者異議の訴により本件差押を排除することは許されない。
三、被告の答弁に対する原告の反論
被告の法律上の見解はこれを争う。判例上、いわゆる仮登記担保については、仮登記担保権者において、担保提供者の債権者が目的物件に対してした強制執行を第三者異議の訴をもって排除することを否定しており、右仮登記担保の法的性質は、大法廷判決によっても是認されている(最高裁判所昭和四二年一一月一六日第一小法廷判決、民集二一巻九号二四三〇頁、同四九年一〇月二三日大法廷判決、民集二八巻七号)にも拘らず、動産の割賦払約款付売買契約に所有権留保の特約が付された場合に関しては、売主又は売主から目的物件を買受けた第三者が買主の債権者のした右物件に対する強制執行を第三者異議の訴をもって排除することを是認しているのである(昭和四九年七月一八日第一小法廷判決、民集二八巻五号)。右は仮登記担保と所有権留保による担保との機能における本質的差異に基づくものと解され、この点からみて、被告の見解は採りえないものというべきである。
第三、証拠関係<省略>。
理由
一、<証拠>によれば、本件物件は、原告がその主張のとおりの約定で訴外会社に売渡したものであること、その後、原告と右訴外会社との間の合意により代金の割賦払期限と割賦払金額とが変更されて、最終期限は昭和四九年五月末日となったため、本件差押の当時はいまだ割賦払の最終期限が到来せず、訴外会社は原告に対してなお八三六万一七〇円の未払残代金債務を負担していたこと、訴外会社は、同年三月末日以降割賦金の支払を怠っているため、原告に対し現在もなお右と同額の残代金債務を負担していること、右売渡の当時、本件物件は原告の所有であったことを認めるに足り、この認定に反する証拠はない。してみれば、本件物件の所有権は、被告による差押の当時及び現在においてなお原告に属するものというべきである。
二、しかるところ、被告は、本件においては第三者異議の訴をもって被告のした差押を排除することは許されないと主張するが、これに対する当裁判所の見解は次のとおりである。
1.本件のように物件先渡形式の割賦払約款付の売買契約において、売主が目的物件の所有権を割賦代金の完済に至るまで自己に留保する特約を付する目的が、買主からの代金の支払を確保するにあること、すなわち、代金債権の担保のためであることは、被告主張のとおりである。そこで、このように物件先渡形式の割賦販売契約において所有権留保の特約が付される所以について考えてみるに、商品の販売が割賦払方式によってなされる場合には、一面においてさしあたり代金全額を支払うだけの資力を有しない者でも直ちに希望の商品を手中にして利用することが可能になるため、需要者の購買意欲を刺激し高めることとなり、売主の側においても大量販売が可能となる利益を有するが、他面において、売主は、資力の不十分な者をも買主とするため将来における代金の回収についての危険を負担することとなるところから、代金債権を確実に回収する方策を講ずる必要があり、また大量販売に即応した簡易な代金回収策を講ずる必要を生ずるのである。かかる必要から、売主は、たんに、割賦代金の支払に遅滞を生ずるおそれのある事態を生じたり、現実に遅滞を生じた場合にその契約を解除して目的物件を回収し換金するなどの方法によって損失を回避する手段を講じ、また先取特権による保障を期待するにとどまらず(かようなことは、所有権留保の特約を付することがなくとも解除権を留保する等の手段によって可能であるが、目的物件が耐久又は半耐久を問わず消費材たる動産であることを原則とするため、このような手段は消極的な最後の保全策であって、不十分である。)、自己にその所有権を留保し、代金の支払について買主に心理的強制を加えるとともに、このことにより代金の完済を受けるまでの間、買主の債権者による右物件に対する法律的介入を排除することにより、長期間に亘る代金回収を確実かつ容易ならしめようとするにあるものと解される。けだし、資力の不十分な買主に対して契約時にその所有権を移転してしまえば、買主の債権者から強制執行を受ける事態を生じたとき、目的物件の右のような性格からして目的物件から代金の完全な回収を受ける可能性を実際上失うことになるから、これを防止するため所有権を留保することによって第三者の介入を防止しつつ、債務者たる買主から代金の支払を受けることにより契約の目的を達するのが債権者たる売主にとって最良の方途だからである。かようにして、所有権留保の趣旨は第三者の介入排除に重要な実質的目的があるものと解される。そして、このことは、買主が目的物の最終使用者であって、他に転売又は加工等を目的とする場合でないかぎり、一般消費者であると、本件印刷機のように目的物件を営業に用いて利益を挙げようとする場合とで異なるところはない。
2.また、所有権留保形式による代金債権の担保は、割賦払約款付売買契約という一個の契約の中においてその契約から発生した代金債権をその目的物件自体で担保するものであり、被担保債権と担保物との間に密接な牽連関係が存在する点において、原則として消費貸借契約上の債権をこれに附随して締結された別個の債権担保契約によって提供された物件を担保の目的とする譲渡担保契約ないし代物弁済予約等による仮登記担保契約と異なるが、このことは、後者の諸契約においては、担保の目的物件について債権者の意思介入による選択の余地を残すところから、経済的視点からみるとき、往々にして債権自体の回収よりも目的物件の所有権取得に最終目的が置かれ、それが債権額と物件価額との対比において暴利行為につながりやすいことのため、担保的視点からの法的規制を加える必要が強いが、前者(所有権留保)の場合には担保物件に選択の余地がなく、その価額も契約時において債権額を上廻ることがないだけでなく、その時点における価額が最高価額であって、その後にあっては割賦金の支払が順調に行なわれるときでも日時の経過によって目的物件の価額は逓減するか著しく減少するのが通常であり、債権額と物件価額との間に著しい不均衡を生ずることがないとの差異をもたらす。
しかも、被告主張のように、最終回の割賦代金は全代金額の五パーセント程度になることが多いとしても、反面、これは代金の支払を容易ならしめるため割賦金の支払につき長期の期間を特約した結果であるから、物件価額もそれに応じて減少し、買主の債権者において右のように代金債権額が減少した時点においてなお目的物件につきこれを換価する価値を有するとするのであれば、買主に代って売主に残代金を弁済をし、目的物件の所有権を買主に移転させたうえ、これにつき強制執行をする余地もあり、このような段階に至って売主をして優先弁済請求の訴を提起させる必要性を肯定することに疑問を生じ、かえってこれにより買主の代金支払を躊躇させ、割賦販売方式による売買に悪影響を及ぼすことも考えられる。
3.他面、割賦払期間の途次において差押の対象となる場合に、有体動産執行における物件の評価が、これらの目的物件がすべていわゆる中古品であることから、著しく低額となることは公知の事実であるから、執行の対象とならなければ、売主は買主によるその後の割賦弁済により代金の完済を受けえられる可能性を有するのに、これを封じられる事態を生ずるおそれがある。
4.以上、所有権留保による代金支払確保の方式がとられる場合の社会的、経済的実態と代金完済に至るまでの間の第三者による法律的介入の排除がこの場合における重要な目的であるとみられること、他の類似の担保方式との法律的形式の相違等にかんがみるときは、割賦払約款付売買契約における所有権留保の特約についても担保としての視点を徹底し、第三者に対しては優先弁済権のみを主張しうるものと解することには、被告主張のようにこれを限定的に解するとしてもなお、疑問を禁じえないのであって、むしろかかる特約については、その意思内容に従った効力を第三者との関係においてそのまま是認し、代金未完済のうちに買主の債権者からその目的物件について強制執行を受けた売主は、これに対する所有権を主張してその執行の排除を求めるため、第三者異議の訴を提起しうるものと解するのが相当である。
三、叙上の点に徴すれば、被告が訴外会社に対する前記債務名義の執行力ある正本に基づき、本件物件が訴外会社の所有であることを前提としてなした本件差押は失当であり、その排除を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行宣言につき同法五六〇条、五四九条、五四八条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 吉井直昭)
<以下省略>